北鎌倉の架空の古書店のミステリアス美人店長による古書のうんちくが満載で、読書の楽しみを広げてくれる人気小説「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ。ローカルネタ満載ということもあり、気に入っている。

この作品の中に出てくる数々の話は、基本的には有名作品の初版本で希少本に関するものが多く、作中で述べられている古書の描写について、リアルに確認することは難しい。(それでも読者をその気にさせて、ぐいぐい読めるのがこのシリーズのよいところだけど)

幸運にも本シリーズ最新の第3作第3話で取り上げられている、宮澤賢治「春と修羅」の初版本を直に見ることのできる機会があった。小説で取り上げられている箇所を見てみました。

1.扉…『いきなりの「心象スツケチ」に脱力したが』

本当に「スツケチ」になっている…。誤植なのか…。

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2.奥付…『刊行は大正十三年』

おそらくは、賢治本人が押したと思われる検印が入る。印刷直前までの度重なる推敲と地元花巻の印刷業者が賢治の使うカタカナ言葉に不慣れなせいで誤植が多かったのか?

なお、目次はこの奥付けの直前にありました。面白い構成です。

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ちなみに、ちくま文庫の全集の解説によれば、初版本にも二種類あるそうで、見せていただいたものは不貪慾戒9行目の冒頭3文字「粗鋼な」が欠けている方の本でした。

3.永訣の朝…『でも、關根書店版の『春と修羅』にはこの『兜卒の天』という言葉は出てきません。』

永訣の朝は、教科書にも取り上げられている有名な作品。賢治の妹がしゃべる花巻弁独特の音感が、作品の中に印象的なリズムを生み出し、読者にこの悲しい場面をよりリアルに想起させる。上記引用に対応するのは最後三行の「天上のアイスクリーム」のあたり。個人的には、初版本の方が好きですが。

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4.真空溶媒…『藍銅いろの地平線だけ/明るくなつたり陰つたり』

物語の山場、本を盗んだ少年を栞子さんがひっかける箇所。初版本では「地平線ばかり明るくなつたり陰つたり」で一行です。

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この『春と修羅』初版本は、当時千部作られたそうです。今回私が見た本は、箱と装丁自体は傷んでいましたが、中の状態は非常に良かったです。ただし、書き込みは全くありませんでした。失われている三つ目の賢治の書き込みのよる推敲本だったらなぁと思ったのですが。

宮澤賢治は自分の中でも歳とともに愛着が増してきているのですが、こうして、初版本に現れている旧字体や、構成をみることで、賢治のこの作品集に対する想いに直に触れることができたような気がします。