ここ夏ごろから、余暇の読書では大野晋氏の、日本語タミル地方由来説に関する本をいくつか読んでいる。最近は「日本語の年輪」という本を読んでいた。

日本語というのはとても不思議な言語であると思う。音韻は少なく、でも非常に複雑。それでもさまざなま古典文学からわかるように、十分な文化を育む土台になっている。

このエントリは、この本の中に書いてあった話のメモをとる。タイトルに数字があるのは、何回か、書き取りたいことがあるかから。

■「おもう」という単語の起源

「おも」とは顔のこと。奈良時代に「オモヘリ」という単語があり、顔色を意味した。これは「オモヒアリ」という単語が詰まってうまれた。源氏物語に「悲しげにオモフ」という表現があり、悲しそうなかおをすることの意で使われている。「おもう」とは、心の中を顔に出す、顔つきをするというのがはじめの意味ではなかったか。

思うを「重し」に結び付けて考える説もあるが、重さに関係して発達した日本語は「ハカル」で、それは推量する、計画する、企てる意味の方へ行ってしまった。

■日本語の系統論的な特徴

  1. 日本語はアルタイ語(トルコ語、蒙古語、満州語、朝鮮語)と文法的構造はよく似ている。
  2. 朝鮮語とは単語の上でも対応するらしいものがある。ただし、その数は200語前後である。
  3. 古代日本語には、アルタイ語と共通な母音調和と呼ばれる現象がある。しかし、単語の上の対応は日本語とアルタイ語との間では極めて少ない。
  4. 琉球語は日本語と同じ系統である。
  5. 南方の言語には、日本語と文法的構造の非常に異なるものが多く、日本語と親せき関係にあると思われるものは、まだ見いだされない。ただ、日本語と同じような、完全な母音終わりを持ち、また、簡単な頭子音組織をもつ言語として、ポリネシア語・パプア語などがある。
  6. チベット語・ビルマ語は語順が日本語と似ている。しかし単語の対応は見いだされない。

二昔前に、日本語と韓国語との対応が非常に多いとのことで、言語的に兄弟なのではという話があった。実際、テレビなどで韓国語を聞いているとかなり日本語と近い単語がたくさん聞こえてくる。しかし、2の事実からすると実は同じ言語的起源があるとは言えないのだそうだ。